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※ 「電気化学」90巻 (2022年) 279-284ページに、解説記事「緩和時間分布(DRT)法による電気化学インピーダンス解析とその応用」を寄稿しました。
https://doi.org/10.5796/denkikagaku.22-TE0005
燃料電池の発電効率ηは、式(1)によって求められます。
……(1)
Pは出力、nはモル数、Hはエンタルピー、Vは電圧、zは電子数、Fはファラデー定数、Gはギブズ自由エネルギー、Iは電流、Ufは燃料利用率です。
電圧Vと燃料利用率Ufを高くすると、発電効率ηも高くなります。
燃料電池の電圧−電流特性は、図1のようになります。
図1 燃料電池の電圧−電流特性
Ilimは限界電流で、水素の場合およそ7mL/minの供給で1A流すことができると、燃料利用率Ufが100%になります。
固体酸化物形燃料電池(SOFC)の場合、開回路電圧EOCVは式(2)によって求められます。
……(2)
Rは気体定数、Tは絶対温度、pO2aはアノードの酸素分圧、pO2cはカソードの酸素分圧で、温度とガス濃度で決まる値です(酸素センサーと同じ原理です)。実際の電圧Eは、式(3)で決まります。
……(3)
IRohmは抵抗過電圧(オーム損)で、電池内部のイオン・電子伝導に伴う電気抵抗や材料間の接触抵抗などが含まれます。
ηactは活性化過電圧で、電極上(アノードa,カソードc)の反応種と電極の間の電荷移動過程の遅れによって生ずる抵抗に起因します。
ηconは濃度過電圧で、反応場への反応物の供給と生成物の散逸が遅いことによって生ずる抵抗に起因します。
しかし、これらの過電圧の内訳は、電圧−電流特性を測定しただけでは分かりません。
交流インピーダンス測定(図2)では、交流の入力信号(電圧または電流)に対する出力信号(電流または電圧)の比|Z|と位相遅れθを測定します。周波数fを変えることによって異なる律速過程の|Z|やθが得られ、各分極抵抗を分離することができます。
図2 交流インピーダンスの測定原理
インピーダンススペクトルは、横軸に実部(Z')、縦軸に虚部(Z'')をプロットしたナイキスト図で表現されます。
分極抵抗の等価回路として、抵抗RとキャパシタCを並列接続したRC要素が用いられます。
理想的には、アノード,カソードそれぞれの活性化過電圧や濃度過電圧に伴う分極抵抗が、ナイキスト図上で独立した半円弧として現れます(図3)。
図3 理想的なSOFCのインピーダンススペクトルと等価回路
しかし、実際の燃料電池では複数の円弧が重なり合って現れるため、正しく分離することが難しい場合があります。
ここで、注目すべき値は周波数fです。
ナイキスト図ではfの情報が隠れてしまっていますが、インピーダンススペクトルはZ',Z'',fの3軸で表現することができます(図4)。
図4 インピーダンススペクトルのZ'-Z'',f-Z',f-Z''プロット
RC要素は時定数τ(=RC)を持っています。
f-Z''プロットで、f=1/ω=1/2πτ(ω:各周波数)の位置にピークが現れます。
しかし、f-Z''プロットでもピークが重なり合って、分離が難しい場合があります。
これを精密化する方法の一つとして、緩和時間分布(DRT)解析があります。
この解析では,N個のRC要素が直列接続されている等価回路を仮定します。
……(4)
そして、逆フーリエ変換によって周波数場から時間場に戻す過程で、時定数がいくつ存在するかを推定します(図5)。
図5 緩和時間分布法の原理
(Ref.: A. Leonide et al., J. Electrochem. Soc., 155 (2008) B36.)
式(4)を連続的な緩和時間τを有する無限のRC並列回路に拡張します。
……(5)
式(5)を実部(式(6))と虚部(式(7))に分離します。
……(6)
……(7)
Kramers-Kronigの関係(式(8),(9))を満たす場合は、実部または虚部のみを用いてDRT解析を行うことができます。
式(8),(9)の検証ツールとして、K-K test for Windows(Ref.: B. A. Boukamp, J. Electrochem. Soc., 142 (1995) 1885.)や
Lin-KK Tool(Ref.: M. Schonleber et al., Electrochim. Acta, 131 (2014) 20.)が公開されています。
……(8)
……(9)
実際のインピーダンスデータは有限かつ離散的であるため,式(6),(7)の積分方程式は不適切な逆問題になります。
この近似解を得る方法として、式(10)のカーネル関数K(t, y)を用いて第一種フレドホルム積分方程式に置き換え、正則化パラメータλを用いて式(11)の汎関数V(λ)を最小化するティホノフ正則化法があります。
……(10)
……(11)
ティホノフ正則化法で解を得るプログラムとして、FTIKREG(Ref.: J. Weese, Comput. Phys. Commun., 69 (1992) 99.)が公開されています。
R=1Ω,τ=0.159sのRC要素のナイキスト図は、図6(a)のp=1のようになります。
f-Z',f-Z''プロットは、それぞれ図6(b),(c)です。
これをDRT解析すると、図6(d)のスペクトルが得られます。
ピーク位置がf=1Hz,面積がRとなるデルタ関数です。
実際のインピーダンススペクトルでは、図6(a)のp=0.8のように潰れた円弧が得られることがあり、R-CPE要素(時定数τ=(RC)1/p)で表現されます。
図6(d)のように緩和時間τに分布が生じるようになり、電極反応などが不均一に起こっていることを示唆しています。
ただし、ピーク位置fや面積Rは変わりません。
図6 RC要素,R-CPE要素のインピーダンススペクトルとDRTスペクトル
実際のSOFCのインピーダンススペクトルの解析例を示します。
図7(a)〜(c)では、いくつの円弧から成るスペクトルか分かりません。
これをDRT解析すると、図7(c)のf-Z''プロットを5つのピークに分離したようなDRTスペクトル(図7(d))が得られました。
図7 実際のSOFCのインピーダンススペクトルとDRTスペクトル
図8は、SOFCにおける電極反応の模式図です。
これまでの研究により、アノード支持型SOFCの分極抵抗の要因となる反応素過程は表1に示す通りであると考えられます。
なお、DRTピーク周波数は電極材料や微構造、ガス濃度、温度などによっても変わりますので、表1はあくまでも目安とご理解下さい。
例えば、水素ではなく、メタンやLPGなどの炭化水素を燃料として利用した時には、1Hz以下の周波数で内部改質に関するDRTピークが現れることが知られています。
DRT解析は数学的な手法でしかないため、物理化学的な帰属はユーザー自身が行わなければなりません。
燃料電池の場合、アノード,カソードそれぞれのガス濃度を変化させることによってヒントを得ることができます。
図8 SOFC電極反応の模式図
DRTピークの物理化学的な帰属ができれば、RC要素またはR-CPE要素の直列接続から成る等価回路などを用いて抵抗RとキャパシタCまたは時定数τなどを求めます。
Z-ASSIST(図9)を用いると、DRT解析に基づくR,C,τの最適な初期値を算出することができ、従来法の複素非線形最小二乗法(CNLS)フィッティングと組み合わせることによって各値を正確に精密化することも可能です。
図7(a)のナイキスト図に、DRT解析およびCNLSフィッティングによって分離した5つの円弧も図示しました。
図9 インピーダンス解析支援ソフトウェア「Z-ASSIST」(東陽テクニカ)
ここでは燃料電池を例にDRT解析を紹介いたしましたが、リチウムイオン電池のバルク,粒界,電極抵抗の分離など、二次電池,太陽電池,キャパシタ,センサー,腐食・防食,電解など、様々な電気化学インピーダンスに対して適用可能であり、今後の活用が期待されます。
謝辞
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